いのちのオアシス

バイブルビタミン

2013年04月30日

悲しむことは当然です。


今日のことば

創世記50:2-3(リビングバイブル)  しかし、いつまでも嘆き悲しんでばかりはいられません。 遺体をミイラにするよう医者に命じました。3それだけで、たっぷり四十日はかかります。 そのうえエジプトの国をあげて、七十日の喪に服したのです。10やがてヨルダン川を越え、アタデ〔「木いちごの打ち場」の意〕まで来ました。 ひとまずそこで、盛大な葬式を行なうことにしました。七日間、ヨセフの父の死を嘆き悲しむのです。

コメント

死別(あるいはほかに失われるもの)には悲しむ(喪に服す)ことは当然です。聖書を通して多くの方の様々な悲しみ方が記録されています。何か(誰か)を失うときに悲しむことは当然であり、必要なことです。ある方は喪に服すことには5つの段階がると言いました:否認、怒り、交渉、ウツ、受容(容認)。これには時間がかかりますが、大切なのは、どこの段階にもとどまるのではなく、進みぬくことです。キリスト者には、希望につながる悲しみはありますが、絶望的な悲しみはありません。イエスも言いました。「悲しむものは幸いです。その人は慰められるからです。」(マタイ5:4新改訳)

 

炉心

 

今日のQT箇所:
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: http://japan.cgntv.net/sub.asp?pid=27
 
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