いのちのオアシス

バイブルビタミン

2009年02月24日

いのちを与えるため


マルコ15:29-31(リビングバイブル) 

「刑場のそばを通りかかった人たちは、大げさな身ぶりをしながら、「ざまあみろ ! 神殿を打ちこわして三日で建て直すんだってなあ、そんなに偉いなら、たった今、十字架から降りて来いよ、自分を救ったらどうなんだい !」と、口ぎたなくイエスをののしりました。祭司長やユダヤ人の指導者たちも、同じようにあざけりました。「ふん、人を救っても、自分は救えないというわけか。」」

 

イエスが来られたのは自分を救う道を示すためではなく、人(私たち)のために自らのいのちをあたえて、救うためであった。「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」(マルコ10:45 )  「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(ヨハネ15:13)

 

炉心

 

今日のQT箇所: マルコ15:16-32

リビングライフQTのHP(パソコン用):http://japan.cgntv.net/sub.asp?pid=27