いのちのオアシス

バイブルビタミン

2021年08月31日

ことばの誠実さ


今日のことば

士師記11:30-31,39(新改訳JSS2017)エフタは主に誓願を立てて言った。「もしあなたが確かにアンモン人を私の手に与えてくださるなら、31私がアンモン人のところから無事に帰って来たとき、私の家の戸口から私を迎えに出て来る者を主のものといたします。私はその人を全焼のささげ物として献げます。」39二か月が終わって、娘は父のところに帰って来たので、父は誓った誓願どおりに彼女に行った。彼女はついに男を知らなかった。イスラエルではしきたりができ(た)。

 

コメント

この箇所は非常に困難で悲しいものです(背景のために士師記11章全体をお読みください)。まず、この話から学ぶのは、私たちのことばの大切さです。聖書を通して、誓ったことを必ず果たさなければならないことを強く教えています(伝道の書5:1-5など参照)。しかし新約において、誓いを立てることも必要ないと言っています。なぜなら、私たちの言葉そのものがいつも誠実でなければなりません(マタイ5:33-37; ヤコブ5:12など参照)。エフタが事実、娘を全焼のいけにえとしてささげたかどうかは議論されていますが、神は人間の全焼のいけにえを非常に忌み嫌われ、絶対に受け入れるものではありません。エフタの処女の娘はその後、結婚せず、処女のまま残ったと理解します。イスラエルが嘆いたのは彼女の死ではなく、彼女が処女として結婚しなかったことでした(39-40節参照)。私たちは何かを神にささげて、神の好意を受けることはできません。私たちと、私たちのすべてはすでに主のものです。そして、神はすでに私たちに必要なものをすべて備えてくださり(2ペテロ2:3-4参照)、どんな状況の中でも、私たちのためにすべてを働かせて益としてくださるのです(ローマ8:28参照)。ゆえに私たちの口この言葉にも注意をし、単純に「はい、いいえ」と答える誠実な言葉を語りましょう。「しかし何よりも大切なことは、天にしろ地にしろ、何を指してもいっさい誓わないことです。ただ「はい」、また「いいえ」とだけ言えばいいのです。誓ったばかりに、罪を犯して、神のさばきを受けないためです」(ヤコブ5:12 JCB)。

炉心

 

今日のQT箇所: 士師記11:29-40
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP: 
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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