いのちのオアシス

バイブルビタミン

2021年11月24日

神が沈黙しているとき


今日のことば

ヨブ記 30:20-22(リビングバイブルJCB)ああ神よ、私がどんなに叫んでも、 あなたはお答えになりません。 あなたの前に立っても、 あなたは顔をそむけたままです。 あなたは残酷にも、本気で力まかせに私を責めます。 私をつむじ風に乗せ、 嵐の中で五体をばらばらにします。

 

コメント

ヨブはすべてを失い、苦痛の中にあるだけではなく、人々からのけ者とされ、あざけられているだけではなく、友達からも見捨てられ誤解されています。しかし、一番耐えがたいことは主から背を向けられ、神が沈黙し、ヨブの叫びに答えていないと感じていることです。神が近くにいない、無視されていると感じたら、自己憐憫に陥りやすいです。神が沈黙していると、神は無関心だと思いやすいです。イエスでさえ神の沈黙を体験しました(マタイ27:46参照)。しかし、全く事実とは異なります。ヨブ記の初めを見ますと、実は神はヨブに非常に関心を持っておられ、そのすべてをいと近くから見守っておられるのです。また、ヨブを苦しめているのは神ではないことがわかっています。ヨブは語ったすべてを一言葉、一言葉、聞かれていることも分かっています。そして、もう間もなく、お答えになるのです。次に語られるエリフは良く言い表しています。「かといって、神がこのような叫びに 耳をふさいでいると思うのは間違いだ。 神は事の成り行きを見ていないと考えるのは、 いっそう大きな間違いだ。 神を待ち望みさえすれば、 正しいさばきをしてくださる。 神が怒ってすぐ罰しないからといって、 大声を上げて神にかみついてはいけない」(ヨブ 記 35:13-15 JCB; 詩篇102:17;箴言 15:8,29も参照)。ダビデも言いました。「主は、私の絶望の底からの叫びをさげすまれなかった。 背を向けて立ち去ることはなさらなかった。 叫び声が届くと、主は助けに来てくださった」(詩篇22:24 JCB)。神が沈黙しているように感じたとき、神はいと近くにおられ、私たちのことに直接かかわっていることを忘れてはなりません。必ず救いをもたらされます(イザヤ 33:2; 51:5; へブル9:28参照)。「主は、ご自分を待ち望む者、ご自分を求める者を いつくしみます。 主の救いだけに望みを置いて、 静かに待つのは良いことです」(哀歌 3:25-26 JCB; 3:22-23も必ず読んでください。)

炉心

 

今日のQT箇所: ヨブ記30:16-31
(自分の感想と思いを書いてみましょう。神様との交換日記などにつけましょう。)
リビングライフQTのHP:
http://japan.cgntv.net/detail.php?number=27&category=1042
http://qt.swim.org/user_dir/japanlife/user_print_web.php

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